シュレティンガ―・無職

私は無職なのか、それとも。

7月13日であろう 〜柔らかくパキパキと鳴る金属〜

結婚して10周年の節目を、錫婚式と呼ぶらしいよ。

そんなことを言うなりペリカンのカタチをした可愛らしいコーヒードリッパーを渡される。若くして結婚したけれどそうか、もう10年も経つのか。わたしの感慨はさかなになって、25.5畳のリビングを照れ隠しのように飛んで跳ねて揺蕩う。ああ、好きだなぁ。10年いっしょにいるんだものな。普段はそんな愛のキャッチボールなんてしないんだから、直球しかもう愛がわからない。わたしは力一杯弓を引き、好きだなぁの矢を放つ。縦横無尽に放たれる矢は、光の速さで家中に突き刺さり白無垢の壁を穴だらけにした。その矢は照れでできており、矢が琴線に触れたのか、はたまた同じ気持ちであったのかなんなのか、照れ臭そうにわたしのプレゼントをぎこちなく開け始めると、カシャカシャとペリカンドリッパーを組み立て始めて、勝手にコーヒーを淹れ始めた。わたしのペリカンだぞ卑怯者め、こっちを向けよう。

ぽたぽたと黒く苦いものがガラス製のサーバーに溜まってゆく。わたしの好きな香りだ。こんなに苦いのに、どうしてまた求めてしまうのだろうか。ぽたぽたと溜まるコーヒーを、苦いと感じなくなった時はいつからだったろう。コーヒーには、カフェインを超えた何がある。そんなふうに考えていると、そのペリカンは錫じゃなくて、ステンレスなんだよね。と、誰に向けたものか分からない独白が聞こえる。じゃあきっと頑丈だね、カタカナだし。いつも使っているドリッパーよりゆっくりと落ちる雫が、今は愛おしかったりする。

 

コーヒーを飲んで、わたしもこっそり用意していたプレゼントを渡す。錫婚式のことは既に調べ尽くしていて、錫製のぐにゃぐにゃ曲がる小物入れを差し上げた。パキパキと音を立てて曲がる金属は編み目になっていて、ペン立てなんかにも出来るらしい。店員さんは、金属が結合するときにパキパキと音がなるのだと言っていた。その性質はなんだか愛みたいだし、そのしなやかな強さを私たちだけのものにしたかったのだ。箱を開けて錫製品だと気がつくと、笑いながら「負けた」と言っていた。

後で部屋を覗いてみると、ぐにゃぐにゃをペン立ての要領で折り曲げて、一輪の花を差していた。どこにそんなものを隠していたんだよ、と思って笑った。まだまだ知らないことのあるステンレスと錫の生活は続く。

 

今週のお題「最近あった3つのいいこと」

最近あった3つのいいこと

・錫婚式
・ステンレス婚式
・知らない一面を知れたこと

 

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