シュレティンガ―・無職

私は無職なのか、それとも。

7月21日 〜思考のお片付け〜

わたしのブログはいちおう日記ブログなので、後で書くときに困らないよう、メモをつける習慣がついた。写真を撮ったり、その時に感じたことを書きなぐったり、記憶のかたちはさまざまだけど、これはきっと善の習慣のような気がしている。なんというか、ちゃんと頭の中なかにアパートが出来たというか、想い出になりきれてないふわふわとしたまっくろくろすけみたいなヤツらに名前を付けられるというか、無重力だったわたしの頭に秩序と法が生まれたのです。それぞれ記憶には4畳半くらいの部屋があたえられて、風呂トイレは別であって、24時間営業のスーパーが徒歩5分の快適な生活が記憶たちに約束されるのだ。家賃は記憶のメモ紙を1枚と、揖保乃糸を3束。アパートの管理人たるわたしは今日の記憶をいただきに、20220721号室を訪ねる。木星まで届きそうな高層階。ノックをすると、引っ込み思案な性格なのか、ドアからわたしをちらりと一瞥すると、記憶のメモ紙をさっさと渡して閉じこもってしまった。今日はせっかく自家製のコーヒーロールをお土産に持ってきたのに、ドアノブにコーヒーロールが入った手提げ袋をかけて、わたしの分はあんぐり口に放り込む。我ながら絶妙な甘さである。帰り際、かちゃりとドアが開く音と、ありがとうの声が聞こえた気がした。


さて、記憶のメモ紙をたよりにブログを書くことにしよう。

どうしよう。なんにもわからない。そもそも読めない言語もある。思い出す。思い出す。思い出す。記憶はファンタジー味を付与されて、あーなんか海賊のニュアンスだなってなる。ようは酒瓶を片手に歩く酔っぱらいの海賊Aと、間違えてパウの実を食べてしまって、ごうごうと泣く泣き上戸になってしまった海賊Bのコントラスト。たぶん読めない言語は歌だ。そりゃあ海賊だもん歌うよね。そうか、そういえば今日はそんな日だったような気がする。今日は海賊に出会ったんだった。パウの実のジャムは、コーヒーロールと奇跡的なマリアージュかもしれない。記憶のアパートは毎日建築工事中でサクラダファミリアみたいだ。あれ、記憶ってなんだっけ?